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東京地方裁判所 平成9年(ヨ)601号 決定 1997年3月25日

債権者

右代表者法務大臣

松浦功

右指定代理人

山田知司

外一四名

債務者

東京大学駒場寄宿寮自治会

右代表者駒場寮委員長

Y1

債務者

全日本学生寮自治会連合

右代表者中央執行委員長

Y2

債務者

東京都学生寮自治会連合

右代表者執行委員長

Y3

債務者

Y4ないしY39

右債務者ら代理人弁護士

尾林芳匡

海渡雄一

加藤健次

小松雅彦

田鎖麻衣子

日高章

藤田正人

三村信之

吉村清人

右復代理人弁護士

河内謙策

中西一裕

債務者

Y40ないしY46

主文

債務者らは、債権者に対し、別紙物件目録三記載の建物及び同目録四記載の渡り廊下を仮に明け渡せ。

理由

第一  事案の概要

本件は、別紙物件目録一ないし三記載の建物(以下「本件建物」という。また、これらに付属する渡り廊下を含める趣旨で「本件建物等」ということがある)を所有する債権者が、本件建物等を占有する債務者らに対し、本件建物中前記目録三記載の建物(以下「旧明寮」という)及び同目録四記載の渡り廊下(以下「本件渡り廊下」という)を仮に明け渡すことを求めた事案であり、主要な争点は、ア 債務者らの旧明寮及び本件渡り廊下を含む本件建物等の占有とその態様、イ 債務者らの占有権原、ウ 保全の必要性である。

なお、債権者の申立ての趣旨及び申立ての理由の詳細は、本件仮処分命令申立書、平成九年二月四日付訂正申立書、同月一九日付主張書面、同年三月六日付主張書面(二)、同月一一日付、同月一九日付各申立ての趣旨の変更申立書記載のとおりであり、これに対する債務者らの主張は、答弁書、平成九年三月六日付準備書面(一)、同月一八日付準備書面(二)、(三)記載のとおりであるから、これらを引用する。

第二  争点についての判断

一  債務者らの本件建物等の占有とその態様

1  記録中の疎明及び審尋の全趣旨によれば、次の事実が一応認められる(なお、各認定の末尾に付した疎明は、当該部分の認定に特に関係が深いものである)。

(一) 債務者らは、本件建物に居住する東京大学の学生、元学生及びここに事務所等を有している学生寮の自治会である(甲一八、一九の1、3ないし7、三五の1ないし18、20ないし31、33ないし41、43、四六、八七)ところ

(二) 旧駒場学寮であった本件建物が平成八年三月三一日に廃寮とされ、その後管理者から退去命令が出されたにもかかわらず、これに従わず、本件建物に居住し続ける等してその占有を続けており(甲六、七、二〇の1、四五)、

(三) 右廃寮の後にも、大学の許可なく、事実上、新規の入寮者の募集等を行い、また、人垣や障害物等によって東京大学教養学部(以下単に「教養学部」という)職員の本件建物への立入りを再三にわたり阻止し(甲四一、四二の1、2、四四、四五)、

(四) 教養学部学生に対し、クラスルーム、学園祭準備、仮宿泊等の名目で本件建物を利用することを勧め(甲二一ないし二五、四四)、

(五) 本件建物内の空室となった居室について、教養学部職員が施錠により封鎖したにもかかわらず、これを破壊して、独自の施錠を行うなどし(甲四四)、

(六) 債務者らのうち二〇名を債務者とした本件建物に対する占有移転禁止の仮処分(債務者に使用を許す類型)の執行の際、債務者東京大学駒場寄宿寮自治会(以下「債務者駒場寮自治会」という)の執行機関であるという駒場寮委員会によってなされた「一切の質問に答えないように」とのアナウンスに応じて、執行官らの一切の質問に答えなかった(甲一八)。

2  右の事実からすれば、債務者らの本件建物等の占有の態様は、単に、債務者ら各人が個々の居室ないし事務所を生活や事務の本拠地として使用している場合とは異なり、本件債務者らが、共同して、各自の居住部分にとどまらず、本件建物等全体を占拠し、共同占有しているものとみることができる。なお、本件債務者らの中には、本件建物に常時居住しているわけではないとみられる者も若干名存在するが、そのような者についても、しばしば本件建物に出入りして大学の明渡し要求に反対する活動の中心となって活動していることから、右のような共同占有に加担し、それによって具体的に本件建物等を占有しているものとみることができる。

二  債務者らの占有権原

1  記録中の疎明及び審尋の全趣旨によれば、次の事実が一応認められる(なお、各認定の末尾に付した疎明は、当該部分の認定に特に関係が深いものである)。

(一) 本件建物等は、債権者の所有に属する(甲一)。

(二) 本件建物は、平成八年三月三一日に廃寮とされるまで、教養学部又は大学院総合文化研究所に在籍する学生用の寮(旧駒場学寮)であった。これに入寮する学生は、債務者駒場寮自治会の審査選考を経、その同意を得た上で(もっともこれは慣行による事実上の手続である)、管理者である東京大学学長の補助執行者である教養学部長の入寮許可を得て、本件建物に入居していた(甲二、三、一九の6、四四、四六)。

(三) 東京大学学長は、後記の三鷹国際学生宿舎の建設進捗に伴い、平成七年四月、旧駒場学寮への新規入寮募集を停止し、さらに、同年一〇月一七日、平成八年三月三一日限りこれを廃寮とする旨、決定、告示した。さらに、平成八年四月一日、廃寮の告示を行い、同月五日、本件建物の取りこわしを決定し、学生寮としての用途を廃止した(甲六ないし九、一三、一四、一七、四四ないし四六)。

(四) 債務者Y16、同Y29及び同Y24は旧駒場学寮の入寮許可を得ていたが、債務者Y16は平成七年三月三一日付、同Y29は平成八年八月三一日付をもって退学し、同Y24は平成八年三月二八日付をもって卒業し、それぞれ東京大学学生としての身分を失った(甲一九の3ないし5、甲四六)。

(五) 債務者Y9、同Y15、同Y22、同Y23及び同Y30は旧駒場学寮の入寮許可を得ていたが、それぞれ東京大学文学部、農学部、文学部、経済学部及び工学部へ進学し、それぞれ教養学部学生としての身分を失った(甲三五の20、21、23、37、40、四六)。

(六) 債務者Y1、同Y18、同Y19、同Y20、同Y21、同Y25、同Y26、同Y27、同Y28、同Y42、同Y43、同Y44、同Y32、同Y33、同Y45、同Y34、同Y46、同Y35、同Y36、同Y37、同Y38及び同Y39は、東京大学学生であるが、東京大学が旧駒場学寮の新規入寮募集を停止したにもかかわらず、平成七年四月以降に入居した(甲四六)。

(七) 債務者駒場寮自治会は、寄宿寮規約に基づき駒場学寮の寮生により構成される権利能力なき社団であり、前記のとおり、大学の行う入寮許可の前駆手続として、事実上入寮者についての審査選考を行い、また、寮生の意思を他に表明する等の機能を有しており、本件建物の廃寮に関しても教養学部と交渉を行っていた(甲九、一一の4、5、一九の1、6、四六)。

債務者全日本学生寮自治会連合(以下「債務者全寮連」という)は、全日本学生寮自治会連合規約に基づき、学生寮自治会によって構成される権利能力なき社団である(甲一九の6、7、四六)。

債務者東京都学生寮自治会連合(以下「債務者都寮連」という)は、東京都学生寮自治会連合規約に基づき、東京都及びその近郊の学生寮自治会によって構成される権利能力なき社団である(甲一九の6、四六)。

2  以上の認定を前提として、債務者らの占有権原の有無を判断する。

(一)  本件建物は、国有財産であるが、前記廃寮までの間は学生寮てあったから、教養学部又は大学院総合文化研究所に在籍する学生は、東京大学教養学部長の入寮許可決定を得て、本件建物に入寮することができた。入寮者の占有権原(占有の正当根拠)は、右入寮許可決定であり、もちろん、債権者と債務者らの間に、賃貸借契約又はこれに類似した私法上の契約等を認めることはできないから(国有財産法一八条参照)、この点で債務者らに私法上の占有権原を認めることはできない。なお、債務者らは、この点につき、債権者と債務者らの間にそれによって債務者らの本件建物に対する私法上の占有権原を基礎付ける何らかの私法上の契約ないし合意が成立しているかのような主張を行っているが、右の主張は基本的に右の点で無理があるし、また、債務者らの右主張に沿う的確な疎明も存在しない(この点については後にも触れる)。

債務者駒場寮自治会、同全寮連、同都寮連及び1(六)記載の債務者ら以外の債務者らは、過去に適法な入寮許可を得ている。しかし、入寮許可は教養学部又は大学院総合文化研究所に在籍する学生についてのみ与えられるものであるから、右のうち1(四)及び(五)記載の債務者らについては、右各記載の事実(退学、卒業又は進学)により右許可は効力を失ったものとみるべきである。また、入寮許可は、本件建物が学生寮である限りにおいて効力を有するものにすぎないから、その余の債務者らも、前記廃寮決定及び廃寮の期限である平成八年三月三一日の経過により、当然に、占有権原を喪失したものである。なお、債務者らは、この点に関連して、債務者駒場寮自治会の同意を得ず、また学生らの意見を十分に反映させていない廃寮決定は無効である(この点で大学の廃寮に関する学長の権限は制約されている)との主張を行っているが、たとえ債務者らのいうところの学生の自治の観念を一定の限度で承認するとしても、そのことからただちに右のような立論を導きだすことは困難であるといわなければならない(この点については後にも触れる)。

なお、前記平成七年一〇月一七日の廃寮決定は、その利用者の権利利益を消滅させるという法律関係を生じさせるものであるから、単なる事実行為にとどまらず処分性を認めることができる。すなわち、右廃寮決定は、入寮許可決定の効力を喪失させる行政処分であるということができるところ、債務者らは、遅くとも平成八年四月一日過ぎにはこれを了知していたと認められるから、行政事件訴訟法一四条の出訴期間の制限により、原則として、既にこれについて取消訴訟を提起することはできないというべきである。この点において、賃貸借契約等の何らかの私法上の占有権原の有無を争点とする通常の明渡し断行の事案と異なり、本件においては、債務者らが何らかの正当な占有権原を主張し、かつこれを疎明することは、困難であるということができる。

また、債務者駒場寮自治会、同全寮連及び同都寮連は固有の入寮資格を有しておらず、一(六)記載の債務者らは、入寮募集停止後の入居者であるから、いずれも入寮許可を受けたことがなかったものと一応認められ、本件建物の占有権原を有しない。なお、右債務者らのうち、債務者駒場寮自治会については、寮生の自治団体として旧駒場学寮の占有を黙示に承認されていたものと認められるから、その意味で占有権原を有していたということができるとしても、前記廃寮決定とその期限の到来によってその構成員である寮生らのすべてが本件建物の占有権原を失った以上、基本的に寮生の占有権原を前提として成立していたとみられる同債務者の占有権原もまた失われたものとみるほかない。

(二)  なお、前記のとおり、債務者らは、債務者駒場寮自治会が、大学との間の合意(私法上の契約ないし合意)に基づき、入寮者の選考を含む本件建物の全面的な管理権限を大学から移譲されていたのであり、他の債務者らの占有権原は債務者駒場寮自治会の入寮許可に基づくこと、旧駒場学寮の廃寮に関する学長の権限は前記の権限移譲によって制約されていることをそれぞれ主張しているので、この点について再度触れておく。

この点に関し、記録中の疎明によれば、昭和四四年一月一〇日の七学部集会における確認書中に、「大学当局は、大学の自治が教授会の自治であるという従来の考え方が現時点において誤りであることを認め、学生・院生・職員もそれぞれ固有の権利をもって大学の自治を形成することを確認する」との文言があること(乙一、一二頁)、昭和四四年二月九日の評議会決定において、評議会が「われわれは、大学の自治は教授会の自治であるという従来の考え方が、もはや不適当であり、学生・院生、職員も固有の権利をもち、それぞれの役割において大学の自治を形成するものと考える」との考え方を明らかにしていること(乙一、一一二頁)、駒場学寮における水光熱費負担区分及び寮施設、設備改善に関する「緊急要求」について行われた交渉の結果としての昭和五九年五月二四日付合意書添付の「確認事項」(教養学部第八委員会委員長の署名押印のある書面)に「1第八委員会は従来からの大学自治の原則を今後も基本方針として堅持し、駒場寮における寮自治の慣行を尊重する。3寮生活に重大なかかわりを持つ問題について大学の公的な意志表明があるとき、第八委員会は、寮生の意見を充分に把握・検討して、事前に大学の諸機関に反映させるよう努力する」との文言があること(乙三の1、2)、大学が入寮許可の過程で債務者駒場寮自治会による審査選考を事実上尊重する慣行が成立していたこと(甲一九の6、乙四の1)、その他寮の日常的、具体的な運営に関する事項についても同債務者と大学(教養学部第八委員会等)との話合いによって決定される場合が多かったこと(乙三五ないし四七)を一応認めることができる。

債務者らは、以上のような事実関係に基づき、大学の自治に内包される学生の自治に基づき、債務者駒場寮自治会は旧駒場学寮の全面的な管理権限を大学から移譲されていたのであり、他の債務者らの占有権原は右債務者の行う審査選考に基づくものである旨、また旧駒場学寮の廃寮に関する学長の権限も前記の権限移譲によって制約されている旨をそれぞれ主張している。

なるほど、前記のような事実関係にかんがみるならば、東京大学においては、大学の自治の概念に一定の限度で学生の自治(学生の参加)の観念を含ましめ、その意見を尊重する慣行が成立していたことを認めることはできよう。しかし、右学生の自治の概念から債務者駒場寮自治会ないし他の債務者らの本件建物の私法上の占有権原が当然に導きだされるとか、旧駒場学寮の廃寮に関する学長の権限が制約される等と解すべき根拠は、債務者らの主張によっても明らかではない。

前記の疎明から一応認めることができる学生の自治の旧駒場学寮についての発現形態の要点は、要するに、東京大学が入寮許可決定を行うに際し、債務者駒場寮自治会の行う入寮者の事実上の審査選考を尊重する等、寮の運営についての学生の意向を尊重する慣行が成立していたということに尽きるのであって、これは、あくまで、寮生の自治団体としての右債務者の意思を右の限度で事実上の慣行として尊重していたというにすぎないものである。そうすると、このことから、同債務者が、本件建物の全面的、排他的な管理権限を大学から与えられていたとか、同債務者が行う入寮者の審査選考が、大学による新規入寮募集の停止以後においても有効であるとか、廃寮決定後における寮居住者らの占有権原を根拠付けるものとなるとの結論を導きだすことはできないというほかないのである。

さらに付言するに、債務者らは、この点に関連して、大学が、学生の意見を前もって聴くことなく旧駒場学寮を廃寮とする方針を事実上決定したと主張しており、確かに、記録中の疎明によれば、大学が、平成三年一〇月の臨時教授会において、旧駒場学寮を廃寮とすることがその事実上の前提となっていた三鷹国際学生宿舎構想を承認するに際し、学生の意見を事前には十分に聴取しなかったことは一応認められるところである(甲四、五、九、乙四の1の添付資料2、乙四八)。しかしながら、この点は、結局、前記学生の自治の実現のあり方についての考え方の相違に基づくことである。前記のような疎明に照らすならば、社会生活上の観念からすれば、大学としては、事前の意見聴取の機会を学生らに与えることが望ましかったと考えられないではないものの、右の事実からただちに前記廃寮決定の違法を導きだすことは、法理論上は無理というべきであって、債務者らのそのような主張は、採ることができないものというほかはない。

3  以上によれば、結局、債務者らのいずれにも旧明寮及び本件渡り廊下を含む本件建物等の占有権原を認めることはできず、また、債務者らの私法上の占有権原の有無が争点とされる通常の明渡し断行の仮処分の場合と異なって、前記のような債務者らの占有権原の喪失はこれを争う余地の著しく小さいものといわなければならないから、本件建物等の所有者である債権者の主張する本件仮処分の被保全権利の疎明は、十分なものであるということができる。

三  本件申立ての保全の必要性

1  キャンパス・プラザの建設及び駒場キャンパスの再開発

記録中の疎明及び審尋の全趣旨によれば、次の事実が一応認められる(なお、各認定の末尾に付した疎明は、当該部分の認定に特に関係が深いものである)。

(一) 教養学部では、学生数の増加、研究教育環境の変容により、研究教育棟及び課外活動施設が不足しつつあったため、駒場キャンパスの再開発が緊急の課題とされるに至り、その結果、「駒場Ⅰキャンパス再開発マスタープラン」が策定された。また、首都圏の住宅事情が悪化し、留学生を含む学生のための寄宿舎が不足してきたため、老朽化し有効活用されていない旧三鷹学寮、駒場学寮の機能を三鷹学寮に統合してその需要に充てることとし、この観点から、三鷹国際学生宿舎の建設基本計画が、平成三年一〇月九日、教養学部臨時教授会で承認され、さらに、同月一五日、評議会の審議承認を経て、決定された(甲四、五、九、四三ないし四五、四八)。

(二) 右再開発マスタープランにおいては、旧駒場学寮の敷地を含む駒場キャンパスの東部に福利厚生施設を集約し、学生会館(食堂)や生協購買部をここに移転した上、その跡地に研究教育関係の施設を増設することが計画されている。教養学部は、平成五年六月、右福利厚生施設に関して、「CCCL(Center for Creative Campas Life)駒場」構想を発表し、平成六年七月には学生にパンフレットを配布した。右計画は、平成八年六月の「柏蔭舎」(伝統文化活動施設)の開館により、既にその一部が実現されている(甲三二、四三、四五、五七、五九)。

(三) その建設予定地と旧明寮及び本件渡り廊下の敷地が一部重なり合っているキャンパス・プラザ(サークル室棟及び多目的ホール)は、サークル活動のための部室、防音の音楽練習室、クラス活動等に使用できる自由スペース、多目的ホール等によって構成される福利厚生のための多目的施設であり、「CCCL駒場」計画において、留学生との交流、サークル、クラス等を通じての同世代学生間の交流、学生と教職員を含めた広範囲の人々の交流の各活性化に役立てることが期待されているものである(甲三二、四三、四五、五二、五七ないし八六)。

(四) そこで、東京大学は、右計画に従い、キャンパス・プラザ整備計画予算につき、文部省を通じて概算要求を行い、同予算(国立学校施設整備費)は、平成八年度予算に計上された。同予算は、本来同年度中に支出されるべきものであるが、平成九年度中にキャンパス・プラザ建設を終えることができる見込みがあれば(そのためには、遅くとも平成九年七月ころまでにその建設に着手することが必要である)、翌年度である平成九年度への繰り越し(財政法一四条の三参照)が認められる可能性が高い。しかし、その見込みがたたなければ、キャンパス・プラザ整備計画予算は返上しなければならないこととなる。その場合、たとえキャンパス・プラザについて再び予算措置が講じられるとしても、それまでにはかなりの期間が必要となる事態も予想され、ひいては、その建設をその嚆矢とする前記再開発計画全体の進行に支障をきたすこともありうる(甲三三、三四、四五、四七、五七ないし八六)。

(五) 右キャンパス・プラザのうちサークル室棟西側の一棟の敷地及び地下基礎部分は、その相当部分において旧明寮と重なり合っており、旧明寮を取りこわさない限りその建設はできないという関係にある。なお、右建設工事の実施や居住者の安全性等を考慮すると、旧明寮の一部のみの取りこわしを前提としたその一部明渡しを行うことは現実的ではなく、旧明寮全体の明渡しが必要であるということができる。また、その周囲に位置する本件渡り廊下についても、同様の理由からその全部について明渡しの必要が認められる(甲五七ないし八六)。

右のとおり、旧明寮及び本件渡り廊下の取りこわしは、キャンパス・プラザの建設、ひいては、駒場キャンパスの再開発全体の円滑な進行のために必要不可欠な事柄であるから、そのための明渡しについては、高い必要性が認められるものといってよい。

2  旧駒場学寮の管理状況等

記録中の疎明及び審尋の全趣旨によれば、債務者らが本件建物等を占有していることにより旧明寮及び本件渡り廊下を含む本件建物等に存在する問題点として次のような事実が一応認められる(なお、各認定の末尾に付した疎明は、当該部分の認定に特に関係が深いものである。また、債権者は、当初は本件建物及びこれらに付属する渡り廊下全体の明渡しを求めていたものであるが、最終的には、申立ての趣旨を変更して、旧明寮及び本件渡り廊下のみの明渡しを求めるに至った。しかし、保全の必要性に関する認定のうち以下の認定の関係では、そこに認定される事情は本件建物等全体に共通する事情であるから、わかりやすさの観点から、占有関係及び被保全権利についての認定の場合と同様に、本件建物等全体についての認定を行うこととした)。

(一) 火災、漏電事故発生の危険

東京大学は、前記用途廃止に伴い、電力会社との間で電気供給契約を解除し、その結果、平成八年四月八日、本件建物に対する電気の供給は停止された。しかし、債務者らは、その後も退去命令に応じず、誤った方法によりコードを接続して盗電をしているため、随所に漏電、火災の危険が生じている。ことに平成八年一一月二三日には、電流が逆流してトランス内に異常な高電圧が発生し、非常に危険な状況が発生している(甲二〇の1、二六、二七の1、2、三一、四四、四九)。

また、平成八年四月三日午前一時ころには、旧中寮裏のゴミ山から出火があり、旧北寮の屋上出口踊り場にも不審火の跡があった。さらにその直後の同月五日午前五時三〇分ころにも、旧中寮の東側出口付近のゴミから出火し、同建物の一部が焼けた(甲二八の1、2、四四)。これら出火も現在の本件建物の管理の不備から生じている事柄というほかない。

(二) 暴力的行為・妨害行為等

(1) 平成八年一一月二八日、債務者らの盗電を排除するため教養学部が盗電元の電源を切断したところ、債務者らのうちの数名を含む学生らが、本件建物付近を通行していた右電源切断措置とは直接関係のない教官を取り囲み、足蹴りにするなどの暴行を行い、本件建物の一室に約一時間にわたって事実上監禁した(甲五一)。

(2) 債務者らのうち一部の者は、旧駒場学寮内の状況を確認し撮影するために寮内に立ち入った教官のカメラを奪い取った(甲五〇)。

(3) 平成八年一〇月には、キャンパス・プラザ早期実現に賛成の学生と反対の学生の対立が原因と見られる暴力事件が発生し、反対派の学生が賛成派の学生に暴行を加えた(甲二九、四四)。

(4) 債務者らのうちの数名を含む学生らは、旧駒場学寮を部室としていたサークルが一時的に移転することを予定されている「仮サークル棟」の建設をはばむため、平成八年一月一八日、右入札説明会を妨害した(甲三〇の1、2、四四)。

(5) 平成八年六月一四日には、「駒場寮廃寮反対」を訴える教養学部学生約二〇名及び学外者約四〇名が、第四限の授業中であるにもかかわらず、一五、一六号館の前でシュプレヒコールをあげ、同日午後三時ころ、教養学部長室のある一〇一号館に侵入しようとした(甲三一、四四)。

右のような事実、ことに漏電事故あるいは火災の発生の危険性については、債務者らが本件建物を違法に占有し続け、かつその管理の状況がずさんであることから生じているものであり、本件申立ての保全の必要性の一環としての債務者らの占有の危険性、すなわち本件申立ての別の側面からの公益性を基礎付けるものといえる。

3  代替施設等の施策、廃寮の予告措置

記録中の疎明及び審尋の全趣旨によれば、次の事実が一応認められる(なお、各認定の末尾に付した疎明は、当該部分の認定に特に関係が深いものである)。

(一) 債務者Y4、同Y8、同Y11、同Y12、同Y1、同Y19、同Y20、同Y21、同Y22、同Y23、同Y25、同Y40、同Y27、同Y28、同Y30、同Y41、同Y42、同Y32、同Y33、同Y34、同Y36、同Y38及び同Y39は、東京都内又は近郊の通学可能圏内に自宅を有している(甲三五の44)。

(二) 教養学部は、前記廃寮決定を行った平成七年一〇月一七日、その当時旧駒場学寮に正規に入寮していた学生に対しては、新たに建設された三鷹国際学生宿舎への優先入居を認める措置を構じた。右措置が終了した現在でも、教養学部は、三鷹国際学生宿舎に相当数の空室を確保し、債務者らのうち入寮許可を得て本件建物に入寮した者が三鷹国際学生宿舎へ移転しうるよう準備している。

なお、三鷹国際学生宿舎における居住に要する費用は、一人当たり月額約八三〇〇円であり、新たに生じる通学費二四六〇円を含めても、旧駒場学寮の費用と比して月額約数千円程度の負担増にとどまる。さらに、その負担が経済的に困難な学生に対しては、日本育英会などの公的奨学金とは別に、教養学部教官が私費を投じ「駒場国際交流奨学金」を設けている(甲一四、三六、三七の1、2、三八、三九の1、2、四四、四五)。

(三) 東京大学は、平成四年四月以降、入学式や入学手続の際に、近い将来旧駒場学寮が廃寮になる旨のパンフレットを配布するなどして説明を行い、さらに、平成六年度以降の入学者に対しては、平成七年四月の段階で旧駒場学寮への入寮者の募集を停止することあるいは停止したことを明記したパンフレットを配布して、旧駒場学寮が廃寮になることを周知してきた(甲五二)。

また、東京大学は、旧駒場学寮の在寮生に対しては、平成七年九月二一日付及び平成八年三月一三日付教養学部長名の文書を郵送し、平成八年三月三一日限り駒場学寮が廃寮とされる旨を告知した(甲一二、一五)。

右の各事実は、本件明渡しによって債務者らに生じる実質的な損害が小さいものであり、また、これを小さいものとするために大学が相当の措置を講じてきたことを示すものといえる。

4 そこで、以上の認定を前提に、本件仮処分の保全の必要性について判断する。

旧明寮及び本件渡り廊下とその敷地の一部を共通にする位置に建設される予定のキャンパス・プラザは、それ自体、留学生を含む学生、さらに教職員等広範囲の人々の大学内における人的交流に寄与することが期待されているばかりでなく、駒場キャンパス再開発の重要な構成要素の一つであり、また、国立大学の研究教育施設整備計画の一環をなすものであって、その早期建設には相当の公共的価値を認めることができる。また、前記のとおり、旧明寮及び本件渡り廊下が取りこわされない限り、キャンパス・プラザの建設は不可能であり、ひいては、右建設をその嚆矢とする前記再開発計画の全体の進行に支障をきたすこともありうる。そして、その建設のための予算が平成八年度に計上されている関係上、大学としては、遅くとも平成九年七月ころまでにキャンパス・プラザ建設に着工できる見込みがたたなければキャンパス・プラザ整備計画予算を返上しなければならない状況にあることも、前記に認定したとおりである。

そうすると、本件仮処分の必要性は、相当に高いものということができる。

さらに、旧明寮及び本件渡り廊下を含む本件建物等は、債務者らに占拠され教養学部の管理が及ばないため、漏電事故等の危険にさらされているにもかかわらず、債務者らは、前記のとおり、その占有が適法な権原に基づくものとはいえないのに、本件建物等についての大学の管理を排除し続けているのである。こうした建物管理上の危険性については、本件仮処分の別の観点からの公益性を基礎付けるものといえる。

次に、債務者らが本件建物の占有の喪失により被る不利益については、一部の債務者らについては東京都内又はその近郊に自宅があってそこから通学することが可能であり、また、旧駒場学寮に適法な入寮許可を得て入居していた債務者らについては、三鷹国際学生宿舎への入寮の方法が用意されている(これに伴う経済的負担の増加はわずかであり、それを補う措置も用意されている)など相応な代替施設等の措置がとられ、また、旧駒場学寮の廃寮については、従前から予告措置がとられていたものであることを考えると、債務者らの前記不利益はいずれも小さいものであるといわざるをえない。

ところで、実務上明渡し断行の仮処分が認められる類型の一つとして、債権者の申立てに公益的な要請が大きい反面、債務者の占有を保護すべき必要性は小さいという場合がある。もっとも、この類型については、占有侵奪があった場合等とは異なり、安意にこれを認めることは債務者の占有の利益と手続的保障をそこなうことになりかねないから、右の各点についての疎明がなされているかについて慎重な検討が加えられるべきところである。しかし、本件においては、前記のような事情にかんがみれば、右公益性が大きく、反面、債務者らの占有を保護すべき必要性は小さいものであるということができ、このことに、債務者らの私法上の占有権原がおよそ考えられないこと、また債務者らの占有が相対的にみて危険性の高いものであることをあわせ考えるならば、最終的に本件建物中旧明寮の一棟と本件渡り廊下に対象のしぼられた本件申立ての保全の必要性については、これを肯定せざるをえないというべきである。

なお、債権者が本件明渡しを急いでいる一事情として予算執行の必要性ということがある。これについては、もしも大学が旧駒場学寮の廃寮後その平穏な明渡しを得た後に前記のような予算計画を立てることが可能であったならば、右必要性は債権者がその作出に関与した必要性であるということになって、これをあまり重視することはできないであろう。しかし、本件事案は大学学寮の取りこわしにからむ紛争であるところ、大学としては、一時的にせよ学生らのための学寮が存在しなくなる事態を招くことはできず、また、旧駒場学寮についてはサークルの活動場所という機能をも事実上になっていたことをあわせ考えると、大学が、旧駒場学寮の平穏な明渡しが終わった後に前記予算の要求を行うといった方法をとることができなかったことも、やむをえないものといわざるをえない(甲五三)。したがって、前記予算執行の必要性を本件仮処分の保全の必要性として考慮することに問題はない。

次に、本件債務者らのうち二〇名については既に債務者に使用を許す類型の占有移転禁止の仮処分が発令されているところ、右仮処分命令を得た債権者は、本案訴訟を提起し、債務者に対する債務名義を得た上で、右仮処分執行後の占有者に対して執行文の付与を得て本執行を行うことができ、通常は右のような形で手続が進行するものといえる。しかし、本件においては、占有移転禁止の仮処分の執行の際に、他に多数の共同占有者ないし共同占有を主張する可能性のある者のあることが判明し、右のような者に対しては、占有移転禁止の仮処分の債務者らに対する債務名義に執行文を得て本執行を行うことが困難である上、前記のとおり、右共同占有者らがその氏名等を大学職員のみならず執行官にさえ明かそうとしなかったとの事情がある。こうした事情を考慮するならば、本件は、二次的に明渡し断行の仮処分の申立てがなされたこともやむをえないものとみざるをえない事案であったということができる。

以上によれば、本件仮処分の保全の必要性も、疎明されたものということができる。

第三  結論

以上のとおり、債権者の申立てには理由があるから、債権者に債務者らのため各五〇万円の保証を立てさせて、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官瀬木比呂志 裁判官棚橋哲夫 裁判官村越一浩)

別紙物件目録・図面一ないし三<省略>

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